トイレの機能照明


■便所の照明計画の必要性
多目的は無目的という。照明計画でもその通りで、さまざまな条件を想定して光をしつらえるということは、予想のつかない事柄に対しての逃げでしかない。
恋人同士が愛を語り合うバーのカウンターではキャンドル一本で十分であるが、そこで同時に人が「本を読む」ということを想定して照明計画を行うととすれば雰囲気は一変してしまう。つまり場の目的に応じた適切な照明を行うことはまず第一に人の行為を成り立たせる必要最小限の光をはっきりと認識することから始まるのであり、その目的以外の光を付加するかどうかは次の段階の話である。
そこで最小限の機能照明、すなわち人の行為に対する必要最小限の光ということをテーマに、連載第一回目として身近で誰でもよく知っている例を扱う。それは私たちの生活の場であり、なおかつ日頃お世話になっている便所の照明である。便所の照明を考えてみることは、人の行動と光の関係を明確にするためのひとつの良い例となろう。人間の行動と平均的な寸法を追求したトイレ機器は各メーカーから幾種も開発されているが、便所の照明と言うとどうであろうか。一部の演出的なものを除いて、どこでも同じではないだろうか。そして、だからこそ個人が求める、極めて個人的な光を計画することは、その個人にとって快適な光環境となるはずなのだ。

■便所の話
便所とは便器を備えて用便を足す場所のことをいう。古くは雪隠(せついん)、後架(こうか)、厠(かわや)と呼ばれ、俗には手水場(ちょうずば)、憚(はばか)り、御不浄(ごふじょう)、また近年は便所と洗面所をあわせてお手洗と言う。建物の中に便所とされるものができたのは室町時代の書院造から始まり、一般庶民に汲み取り式の便所が普及したのは鎌倉時代からと言われている。その後いく時代かを経て日本で洋風の腰掛式の便器が普及したのは昭和35年以降である。
また、精神面において便所はどのように捉えられていたのだろう。茶道の「南方録」雪隠の條に「茶会の客は支度の出来る間、路地の待合いで、庭の造り、掃除等を観賞し、雪隠の中途あけて、主人の注意の行き届いていることに関心しなければ流儀をつくしたことにはならない」と記されている。また、このような便所の空間にも美を求める作法は、茶道という限られた世界においてのみでなく、住空間へも浸透していたことが、様々な文学書などの中からもうかがえる。

昔の長屋に住んでいた人はここで用をしたのだろう


しかし、真昼でも暗い。
これは小さい子供には恐かっただろう

■便所の照明計画の現状
便所の照明計画についていくつかの文献、建築計画、照明計画の教科書(昭和30年代から現在まで)を見てみると、それらには、ほとんど半世紀の間同じことが繰り返し記されている。建築計画学では人間工学に基づいて便所に関するいくつもの研究がなされているが、果たして照明学上ではどうであろうか。
総じてこれらの論旨は
1)清潔を保つための清掃作業を目的とした照明
2)大便器の中を照らさない照明手法
3)窓に人影をつくらない照明手法
4)点滅の早い光源の選択
の4項に終始している。
1〜3項で面白いのは、この照明計画論をつくった時代背景が見え隠れしていることである。汲み取り式の便所から白くきれいな水洗便所へと移行しつつあった時代である。排泄物が溜められている便器の奥底を照らすなどその必要性もなく、そしてそのような構造であった便所は明るくすべきでない場所として扱われ、清潔でない場所というイメージもあったであろう。そういった前時代の便所のイメージと新しい便所に求めるイメージが混在しているところが面白い。清潔で明るくあって欲しいという希望と、便器は不潔であり、排泄物は見せるものではないという変わらぬ意識。そしてくもりガラス窓を採り入れた新しい空間様式。しかしここで見落としてならないのは、どれもトイレの最大の目的である排泄行為、一連の人の行為のための照明手法に関しては言及していないことである。
さて、現在の住宅のトイレ空間の照明はどのようになっているのだろうか。ごく一般的な傾向を反映していると思われる住宅展示場での住宅照明を調査してみた。その結果トイレの光束量は平均約720ルーメン/平米であり、住宅全体の中では2〜3番目といったところであった。ところが空間が小さいトイレは平均照度となると、もっとも高くなるのである。リビングよりもキッチンよりも書斎よりもである。そしてさらにその照明手法は、天井も壁も床も、そして便器もすべてのものを一様に明るく照らしているという事実も見逃してはならない。

ごく一般的な住宅ショールームの便所の照明。
IL60WのダウンライトとFLの間接照明によって
400lxもの照度を取ってる。


住宅展示場を例にとった住居空間における
照明の量と明るさの比較。
代表的な居室の中で一番照度の高かった所を
赤字
二番目、三番目を青字で表示。
どうも便所の照度がどの空間よりも明るいようだ。
※基準照度はJIS9110-1979より抜粋。

■便所での人の行動と照明
便所において人はどのような行動をしているのだろうか。ある人は机までおいて読書をする人もいれば、テレビを見ている人もいる。空間の役割をトータルに考えれば、清掃というのも無視できない問題ではある。しかしここでは、ミニマムな機能照明を考える一つの切り口として人が用便をする際の一連の行動を取り上げ、その行為に限定して考察してみる。そして用便に関しても小便、大便、女性、男性、老人、子供によっても異なってくるが、前提として健常者の成人が大便を行う行為について話を進めることとする。まず便所の扉を開け、便器に座る位置を確認し、その場所に用意(ズボンを下ろすなど)をして排便の姿勢にうつる。次にひとときの排便の時間を楽しみ、後片付けを始める。紙巻器の位置を確認しトイレットペーパーを手に取り、お尻を何度も拭き、トイレットペーパーが白い状態を確認する。そしてバルブに手をかけ排泄物に別れを告げる。これが一般的な便所における大便の排泄行為であろう。
さて一連の行動を分析してみよう。人が物を確認するにはそこに何かしらの光が必要であるが、必要とするその明るさには、いくつかのレベルがある。細かい作業を行う場合は高い照度の光が必要であることは当然のこととして、便所においてもっとも光が必要な行為は何であろうか。それはお尻を拭いた後のトイレットペーパーがきれいかどうかを確認することであり、排泄行為の中でも一番重要な行為と言える。すなわち手の平に乗ったトイレットペーパーを見ることができるだけの照明があればいいことになる。住宅の狭い便所では、お尻の横の壁に白熱ランプ10Wほどの壁埋め込み照明(カバーなしの場合)があれば、壁面からトイレットペーパーを持った手までの距離を約0.4mとして計算すると約50ルクスほどの照度が確保され、白い紙の上に付着している便を確認するには十分な機能照明が得られることになる。ただこの便所を使用する人が右利きか、左利きか、また前から拭くのか後ろから拭くのかによって照明器具を取り付ける位置は違ってくる。さて次に光が必要な行為はというと、排泄物を見て今の自分の健康状態を確認するときであろう。この行為のための機能照明はと言うと、極端なことを言えばこれまた白熱ランプ10Wほどの便器内を照らす局部照明があれば十分である。さて、そのほかの用便の行為についてはその場所が大体確認できれば良いので、トイレットペーパーのための照明と排泄物のための照明から洩れる光によって補うことができる。
このように考えると便所の照明は合計して白熱ランプで20Wほどの容量を確保できれば十分と言え、住宅展示場での便所の照明の、容量でいえば約5分の1でいいことになる。そして、こと用便をたすという行為に限って言えば、光源の位置は頭の上にある必要はなくなるのである。


あなたはトイレで何をしますか?

■便所の照明計画から学べること
前にも述べたことの繰り返しになるが、人はトイレという場を用便のみの目的で使用しているのではない。本や新聞を読んだり、考えごとをしたり、それこそトイレに“美を求める”という考え方もある。しかし、ここで考えたかったことは、それらのさまざまな目的に対して、ただ“明るさを採る”“空間を演出する”のではなく、“なぜ光が必要なのか”、“その目的は何なのか”、ということに改めて着目してみると何が変わるだろうかということである。
私たちは光のデザインの手法をたくさん身につけている。しかし〈機能上の光〉の部分の光の要素をもう一度検討することは、新しい空間を発見する糸口になるはずである。私たちが日頃、ごく当たり前に体験している便所の照明を再考することは光の持つ意味を教えてくれる。

「ミニマムスペースにおける最小限の機能照明」
便器の中を照らす新しい便所照明の提案。
用便一連の行為に対して、機能照明を空間にとりいれた。



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