光-明-暗-闇


私たちは絵や模型などビジュアルを駆使し、空間を説明している。しかし光の状態についてはどうしても絵や模型では伝えられないことが多く、“言語”が重要な手段となってしまっている。しかしその“言語”を用いて光の状態を表現しても、イメージを共有するのは非常に難しい。この“言語”が持つ状態を的確に共有するためには、同じ体験をしていなければならない。空間の状態を形状的に表現するための光の言語を共有すること、またその相違とはどのようなところで起こりうるのであろうか。

■明るさの尺度を示す言語
「明るさ」「暗さ」を表現するために、私たちはどのような言語を持ち合わせているのであろうか。その度合いを表現する言語として、「非常に明るい」「明るい」「薄明るい」「薄暗い」「暗い」「真暗い」などがある。しかしこれらの言語には定量化された基準がない。例えば「星明かり」「月明かり」という言語がある。これらの言語が示す明るさは、照度という数値に置き換えることができ、「星明かり」は約0.001ルクス、「月明かり」はその満ち欠けにより0.01〜0.1ルクスである。ちなみに真夏の太陽の直射は約10万ルクス、一般のオフィスの照明は500〜1000ルクスとされているから、人の目で物が見える明るさの範囲が、照度値上ではいかに幅があるかということがわかる。
さて、ここで重要なのは「星明かり」「月明かり」「真夏の太陽の直射」「オフィスの照明」という言語によりその明るさの度合いをかなり近いイメージで共有できるという事実である。しかしここには条件がある。「オフィスの照明」という表現から持つ光環境のイメージはおそらくほとんどの人が、下面開放型か白色ルーバー型の天井埋込み白色蛍光灯を整然と配置した日本の典型的なオフィス空間なのではないだろうか。アメリカなどに見られる、電球色の蛍光灯を用いたオフィス空間ではないであろう。また「真夏の太陽の直射」という表現も、北欧など北極圏の人々とわれわれ日本人とでは、その表現から得る光のイメージは異なるであろう。つまり、その条件とは、“共通の体験を持つ者であること”である。光のイメージを共有できるかどうかは、そこにかかっている。

図1:視覚系(明所視、薄明視、暗所視)の働きと照度の関係


■視覚的順応のシステム
人の視覚において明るさに対し、「明所視」「薄明視」「暗所視」と大きく三つの視感度があり、このことも考慮に入れなければ一言で「明暗」のことは論じられない。「明所視」とは明るい所で働く目の感度のことであり、「暗所視」とは逆に暗い所で働く目の感度のことである。また網膜には二つの視細胞があり、「明所視」では「すい体」が、「暗所視」では「かん体」が働く。「すい体」は中心(視野の中心)に多く分布し色彩や物の見え方に大きく影響し、「かん体」は網膜全体に分布しており色彩の判別はうまくできないが微光に対して敏感である。一般的な照度値でいうと約10〜10万ルクスでは物の形と色がはっきりとわかる「明所視」が働き、0.001〜0.01ルクスでは物の明暗だけがおぼろげに見える「暗所視」が働き、そして0.01〜10ルクスでは「薄明視」と呼ばれる中間の視感度になるが色覚は非常に弱い。「薄明視」では「すい体」「かん体」がともに働き、それらの寄与の仕方は明るさと共に変化し複雑である。 次に、明るさへの「順応」について触れることとする。これには「暗順応」と「明順応」という現象がある。明るいところから暗いところに入ってしばらくすると部屋全体がおぼろげに見えてくる。このような現象を「暗順応」という。この時、明るさの差が大きければ大きいほど順応に時間がかかる。「明所視」から「暗所視」へ移行する「暗順応」には、約10〜30分かかるという。逆に、暗い所から明るい所への順応は早く、「暗所視」から「明所視」に移行するのに要する時間は約0.5秒と言われる。そしてこの順応の現象を「明順応」という。「明るさ」「暗さ」をわれわれが生理的にどのようにして判断し、反応しているか、ということを感覚的にとらえていただけたであろうか。

図2:明暗順応経過(模型図)


■谷崎潤一郎の「暗さ」の感覚
「明るさ」「暗さ」というあいまいな尺度に「闇」という言葉を加えると「明」と「暗」という言葉のもつ意味が明らかになる。「闇」とは光が全く無い状態、0(ゼロ)を意味する。「明暗」という言葉があるように一般に「明るい」の反対は「暗い」であるが「闇」ではない。「明」とは光が存在することを意味するが、「暗」にも別の意味で光りが存在するのである。
谷崎潤一郎は「陰影礼賛」の中で日本の「光と影」、特に「薄暗い」という光の状態を多く語っている。『その薄暗い光線の中にうずくまって、ほんのり明るい障子の反射を受けながら瞑想に耽り、また窓外の庭の景色を眺める気持ちは、何とも言えない』と厠を語り、『日本の漆器の美しさは、そういうぼんやりした薄明かりの中に置いてこそ、初めて本当に発揮される』とかすかな明かりを賛美している。しかしここで混合していけないのは、この時代(昭和8年/陰影礼賛が出版されたころ)の明るさの尺度と現在のわれわれの明るさの尺度の感覚的な違いである。当時、白熱ランプの光束(光源から出る光の量)の単位は蝋燭の本数である「燭」で表していた。例えば白熱ランプ40Wを約32燭と表現し、2畳ほどの便所では白熱ランプ10W(8燭)ほどの光が必要と照明学会調べで記されている。昭和初期に理想とされた光環境は、現在推奨されている明るさ(照度)の約1/5程度であったらしい。つまり谷崎が見た光環境は今われわれが体験している光の状態とはかなりの開きがあるのである。現在のわれわれが「陰影礼賛」の世界を現実的に理解するのはとても難しいという事実を認識しておかなければならない。「日本のあかり」=「陰影礼賛」と絶賛するのはどうも無理があるのではないだろうか。
谷崎は『大きな建物の、奥の奥の部屋へ行くと、もう全く光の届かなくなった暗がりの中にある金襖や金屏風が、幾間を隔てた遠い遠い庭の明かりの穂先を捉えて、ぼうっと夢のように照り返しているのを見たことはないか』とさらに続ける。「薄暗い」空間では金箔は金と見えず、ほのかな光を受けて闇の中に不可思議に浮かんで見える壁として認識される。それは金のみによって得られる贅沢な演出であった。当時人々にとって<贅沢>=<金>ではなく、<贅沢>=<空間>であり、この<空間>をしつらえるための素材が<金>であったのである。そして仏像などにもこの素材を貼り付けることで、闇に浮かぶその姿に神々しさを感じたのであろう。現在でもこのような仏の姿を大切にし、本当に落ち着いた雰囲気で参拝者を迎えてくれる寺院がある。このような光の戯れの現象は、容易に「明るさ」を手にすることが可能になったわれわれが目にすることは少なくなり、今や古都に足を運ばなくては体験できなくなってしまった。 海外の話になってしまうが、イタリア、ベニスのサンマルコ寺院、当時のベニスの繁栄を象徴するものとして建立された寺院の内部天井には一面に金のモザイクが施されている。現在観光のため天井をライトアップしているが、当時の蝋燭のみの明るさで照らし出された天井は、想像に絶するような浮遊した空間であったに違いない。「薄暗い」状態、すなわち、色や形が不鮮明になり、光のボリュームのみがぼーと見える「暗所視」の状態の時にのみ表れる現象といえるのではないだろうか。

京都、三千院。
手前の仏像は蝋燭に照らされ金に見えるが、
奥の仏像は闇に浮いて見える。


■ジェームズ・タレルの光の言語
95年11月から96年1月まで、水戸芸術館現代美術センターにてジェームズ・タレル「未知の光へ」と題されたインスタレーションが開催された(’96年3月号)。いくつかの展示があったが、特に印象に残ったのが第一の部屋の展示「赤いゾーン」であった。壁、床、天井を白くマットに塗り、非常に低い照度値(きっと0.1ルクス以下)で赤く照らしていて、一方の側面には青い光の線が垂直に下りている。初めこの空間に入ったとき壁の存在が認知できなかった。全体が霧に覆われているようにぼやけ、壁までの距離が把握できなかった。壁が見えないのは視感度のせいかと思い、しばらくその暗さに目をならし、自分の視感度が暗所視に移行するまでその場でじっとしていたが、いつまで経っても目の前の霧が晴れず、相変わらずぼやけた空間が見えるのみであった。何となく視線を横の壁に近づけてみると、横の壁の存在(距離と大きさ)が把握でき、その壁が続く方向が見えてきて、この壁が向こう側の壁とぶつかっている部屋の角の存在が認知できた。するとこの空間全体が瞬間的に把握でき、目の前から霧が消えていった。ここでタレルは光の状態の一つである「ほのかに光のある状態」「薄暗い状態」における、人の感覚(視覚、聴覚、触覚などを含め)がどのような働きをするのかを表現していたのではないかと思われた。


ジェームズ・タレルの「赤いゾーン」。
この空間には霧がたちこめているような錯覚に陥る。
しかし一つの手がかりである壁の存在を認識すると
瞬間的に全体の部屋のスケール(壁、天井、床の存在)が把握できた。


■光のインスタレーション
96年1月、「谷中332」と題されたインスタレーションが「納豆漁業121メートル集合」企画、主催で東京・千駄木にある昭和初期に建てられた中廊下型の木造のアパートが取り壊される前に、この場を借りて行われた。参加したアーティストは30名ほどで、各部屋、廊下を展示、音楽、パフォーマンスと多岐にわたった内容であった。われわれ、光空間研究所はこの廊下を借り光のインスタレーションをおこなった。廊下の壁面に20Wの蛍光灯を取り付けこれらがゆっくりと、そしてランダムに調光されながら点滅(明―暗)するようにした。われわれはこの場において「歩行する」という単純な人の行動にとって物が見えること、空間を認知すること、すなわち「光がある」ということがいかに人の行為にとって重要であるかを体験してもらいたかった。現在の私たちは公共の空間(道路、駅など)で周りが見えないほどの暗さに出会うことがない。歩行に際して最低限の明るさは親切にも提供されている。ゆえに「明」から「闇」に明るさのレベルが移行したときに、その場にいる人は歩くことが困難になり、立ち止まり、ストレスを感じることになる。視覚から別の感覚(聴覚、触覚など)に空間把握の感覚が移行するのに気が付いたとき、「明」から「闇」に連続的に移行する状態を体験することによってのみ「明るさ」「暗さ」に対する感覚を唯一把握することができるのではないだろうか。タレルの作品から受けた定常的な「暗さ」に対する感覚の体験に対し、われわれは連続的に変化する「明」「暗」の中を歩く行動を通して明るさのレベルを感覚的に認識することをねらったものであった。


谷中332での実験。
この光はゆっくりと調光されながら「明」と「闇」を繰り返す。
「闇」の時、人は初めてストレスを感じ、
自分にとっての光のレベルと行為、
視覚とその他の感覚とのつながりを感じとれる。

PJ:谷中332の詳しい情報はぼんぼり光環境計画のPJを参照して下さい。またはここをクリックして下さい。


■「暗さ」を共有するために
第一に同じ空間で体験することである。ただこの時に陥りやすいのが、「暗い」ということだけでなく、そこでどのような行為が行われるかが問題である。例えば人と人が語り合っているのか、本を読んでいるのか、座っているのか、歩いているのかなど、ここで設定される行動、行為を共有することが唯一「暗い」状態を共有することにつながるはずである。

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