路上アートプロジェクト:RinkLink
ランドスケープデザイン1998 no11 の原稿から
上野−谷中でおこなわれた試み。
 
昨今、「まちづくり」というテ−マが定着しつつあるが、何を最終目的にするかということになるとなかなか難しい。例えば街の活性化というと何か普遍的であるかのようであが、各住民にとっての「幸せ」というと、そらまた様々であり、それを一つにまとめて共存させることの難しさはなおさらである。その地域が商業地区などで一つの利益を目的としているならば比較的答えは出やすいだろうが、そこが住宅地、それも近年(数十年)に出来上がった街では答えはなかなか見つからないのが現状である。ただ確実に言えるのは、そこに住まう人々にとって「我がまち」は多少なりとも気にはなっているはずである。近所の高層マンション建設予定には敏感であり、周りのコミュニティ−に無関心を装っていても、無関心でいるということで係わっている。そんな、一般的な「まち」ではたして私たちは何ができるのか、また、何が必要かつらつら考えていた時に次のようなア−トプロジェクトを聞きつけた。
 
東京は上野、谷中地域で10〜11月にかけて「ART−LINK 上野−谷中’97」が、この地域に点在する美術館やア−トギャラリ−でおこなわれているア−トプロジェクトを連接(リンク)させることにより地域とア−トの創造的な関係の構築をねらったイベントが開催された。上野から日暮里にかけて約2kmの地域に点在するこれらのギャラリ−を一つの地図上に書き記すことによって、ここを訪れた人々はこの地図を手掛かりに各ギャラリ−を巡回し、まちを散策し、人々によってまちの雰囲気が変容していく。まちを訪れる人が多くなればまちが活性化し、まちづくりが成功したとは一方的には言えないが、ただ今ある現状(ここではまちにギャラリ−が点在している事)をより生かし、そのことがなんらかの形で地域、まちと係わる事で新たな価値観を提示できる可能性はおおいにあると思われた。そこで、もっともっと住民レベルを結びつけるような試みをやってみたい・・・・と、思った私はこのア−トイベントに新たなプロジェクトを発起させることとなった。
 
「RinkLink」と名付けたこのプロジェクトはまちの住民の方々に参加をしてもらうことでなにかが提示できないかと考えていたもので、コアメンバ−角館政英、広瀬俊介(GK設計)、六反田千恵(共栄短期大学/講師)、風袋宏幸(FUTAI ARCHITECTS)、佐藤慎也(日本大学/助手)を中心として進められた。現実的に地域のコミュニティ−はどうなっているんだろう。もっとク−ルにまちづくりの一端が荷なえないだろうか。町並みとか景観とかいうことが一般的な住宅地で成立するのであろうか。・・・ということをまちを舞台にした実験によって確認しようとした。PART-1として「まち明かりの美しいまち」(街路照明プロジェクト)では、既存の景観がどのような構成になっているかを光を使って明らかにしょうとしたものであった。窓から漏れる光は室内に簡易的なスタンドを使用して暖色系に、門灯や駐車場灯など直接照明器具が見えているものは寒色系にカラ−リングした。PART-2として「都市からの贈り物」(路上展示プロジェクト)では、約100人から提供された「私=今・ここ」の在る「場所」を採集した作品群にリボン付けて、家の軒先や植木などに展示することによってさまざまな場所が相互に重複し、不可視となった現在の都市の一面を見せることができないだろうかということであった。学生を中心としたチ−ムで一件一件このプロジェクトの意味を説明してまわり、多くの住民の方々に参加してもらうことになったこと自体にも価値があると思っている。 この「RinkLink」プロジェクトを進める上でなんとなくいろいろ判ってきた。都市整備事業において公的領域(インフラ)の整備が、まちの成熟のスピードとまるで無関係のように出来上がっている所が幾つかある。公的領域のみによる「まちづくり」というお題目の限界が見えてきたようなきがする。それよりも今後は私的領域整備の可能性、また公的領域と私的領域との境界線上の空間をいかに活用することができるのかがテーマになるのではないだろうか。私的領域が本当の意味で都市に開くことが可能か、また別のいいかをすれば、個人の持ち物を皆と共有することができるとするならば、新たな都市のあり方を提示できるはずである。そんな一端を軽いノリの「RinkLink」で確認できたのでは無いだろうかと思う。
 
最後にこれらのプロジェクトに参加していただいた住民の方々、ボランティア、協賛をいただいた金門電気様、スペ−スデザインカレッジ様、松下電工様、また場所を提供していただいた谷中ア−トフォ−ラム様にはこの場をかりてお礼申し上げます。
 

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